阿寒湖アイヌコタンには、アイヌ工芸のお土産物屋さんが軒を連ねています。その中の一つ「チニタ(※)民藝店」を、50年以上前に先代である両親から引き継いだのが、西田さんご夫婦です。妻の香代子さんは、美しいアイヌ刺しゅうをひと針ひと針、繊細に紡ぎ出すアーティストです。古い着物の複製も多数手がけながら、オリジナルのデザインも多く生み出しています。どんな想いで昔の着物と向き合い、またどうやって新しいデザインのアイディアを得ているのか、聞いてみました。
Interview
「私に作らせて」
―-西田さんは、複製の際は、まず着物にあいさつをすることから始めると聞きましたが、なぜですか?
西田さん『もともと作った人が、どの一点から刺しゅうを始めたのかって、なかなか分からないものなんです。アイヌ刺しゅうは、迷路みたいに始まりと終わりがくっついていますから。「私に作らせて」ってお願いしても、思いが通じないと、後で「違う」と気づきます。だから縫っては、何度も何度もほどいて…。「キチンとやるから、やらせてくれる?」って、またお願いする。そうして向き合っていると、そのうちに「こっちから始まるんだよ」と、誰かが手を添えてくれたりするんです。逆に、「あんたになんかやらせない」と拒絶された経験もあります。』
―-拒絶されても、お願いするんですか?
西田さん『もともと作られた方がいて、こちらは勝手にやらせて頂くのですから、失礼になってはいけません。最初に作った人の思いが大事です。今なら、お金を出せばなんだって作れます。でも昔はそうじゃない。モノが十分でないのに、一生懸命に材料を集めて作ったはずなんです。その想いって、大事なこと。刺しゅうしているとき、楽しくて針がすいすい進むようなとき、その人の想いを感じられることもあります。波長が合ったっていうのかな。』
針を持つ想いは手仕事に現れる
―-私はこれまで、何か物を作ったら「自分の作品だ!」って思っていました。でも、西田さんの「自分ひとりで作ったのではなく、糸や布を作った人がいたのだから、自分はちょっと手を貸しただけだ」という言葉を聞いて、考えが変わりました。どうして、そういう見えないものに想像をめぐらせることができるのですか?
西田さん『それは、色々なことをやっているうちに、そう思えてくるんです。それと、小鳥(ことり)サワさんなどの近所のおばあちゃんにも、敬意を払うことや、ありがたいと思うことを、教えてもらいました。若い時はね、刺しゅうをすれば、おばあちゃん達が「上手だねぇ」って褒めてくれたんですよ。だから、嬉しくなって作っていました。でもだんだん、「上手なだけじゃダメなんだ」ってことに気づくようになる。自分の想いが手仕事に表れるってことも、分かるようになったんです。』
―-西田さんは、穏やかでいるときに針を持つようにしているんですよね。
西田さん『手仕事に限らず、アイヌのことをやるときは、穏やかでないと力を貸してくれないんです。そうでない時に作っても、そういう物しかできないから、結局は針を進めることもできないんです。』

藤村先生との時間が教えてくれたこと
―-小鳥サワさんの他に、影響を受けた方はいますか?
西田さん『藤村久和(ひさかず)先生にも、手仕事の素材のことなど本当に色んなことを教わりました。ケンカしながらね。あんな人、二度と現れないんじゃないかな。惜しげもなく与えてくれて、「学ばせることが嬉しい!」っていう人。』
―-西田さんは、草木はすべてカムイだったのだから、そこから作られた糸も、とても大事なのだとおっしゃっていますよね。
西田さん『それも、先生と一緒に山に行ったりして、自然とそういう感覚が身についていったんだと思います。二人で野原に座り込んで、アイヌ文様の図案を描いたこともあります。先生が描いて、それを私に渡して、それを私が描き直して、先生に戻すんです。そしたら先生がまた直して…。ずっと、二人とも無言でね。笑』
やさしさは自然の中に
―-デザインは、どうやって思いつくのですか?
西田さん『材料が集まったときに、作りたいものが自然と思い浮かぶことが多いです。近所のおばあちゃんに「使ってみない?」って布をもらった時とかね。材料が発想を与えてくれるんです。もし「つまったな」と思ったら、外に出てみるようにしています。自然の草花から、色の配合や、線の柔らかさを教わるんです。常日頃デザインを考えているわけではないけれど、やさしさは自然の中にいっぱいあるから。』
―-自然から、出会った人たちから、そして先人の教えから、沢山の愛を受けて息づく西田さんのアイヌ刺しゅうは、ぐんぐん伸びる生命力を持っているように感じます。そして、それに対する西田さんの深い感謝の心が、作品の繊細さとして表れているのですね。今日は本当に、ありがとうございました。
※チニタ民藝店の「チニタ」は、アイヌ語で「夢」という意味で、アイヌ文化伝承者で著述家の山本多助さんがつけてくれたそうです。

※写真は全てご本人の許可を得て撮影・掲載しました
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